父と“森からの手紙”と言う小冊子を出したことがあります。1983年の事です。
記事は森の中での出来事、野尻湖周辺の歴史、などなど楽しいものでした。
季刊で発行するつもりでいたものの残念ながら2度の発行で休刊にしなくてはなりませんでした。記事の中で、僕たちが森に入っての体験を書いたものが多くありました。秋の山の野や森の中を歩くと山なしの茶色の実があり、ズミの赤い実があり、ナナカマドのオレンジ色の実があり、山ブドウの赤紫の黒っぽい実があり、サルナシの緑色の実があります。また なめこ、まいたけ、かたは、ししたけなどの森のキノコがあります。僕はそれらを友人の竹田さんに一緒に山を歩きながら 又は冬の山小屋の雪おろしキャンプを通して教わりました。まあ、山の先生だったわけです。竹田さんと彼のお父さんお母さんから沢山の体験や昔話も聞きました。昔話と言ってもそんなに大昔では無くて、近年と言った感じです。そんな話の幾つかも“森からの手紙”に載せています。
久しぶりに笹ヶ峰に竹田さんを訪ねました。竹田さんは留守で彼のお父さんとお母さんがいました。
「お茶でもやっていきなさい」
彼のお父さんが誘ってくれました。
お茶と一緒に 赤紫色に染まった大根の漬物を出てきました。
「おや、きれいですね。大根ですよね?」
「そうそう、女房がね、山ブドウを一緒につけたんだよ。いい色だろ」
僕は、一つつまんで食べて見ました。
「アーッ。山ブドウの味と香りがしますね。これは美味しいや。」
彼らは山菜や山の実を上手に生活に取り入れています。
農家は生活に必要な多くの物を自分の暮らしの中で作り出します。食べる物は農作物を直接食べるだけでなく保存食まで、それからワラを使った縄など多様な生活用品などもそうです。もちろんそれは長い時間の上での伝統もありますね。農家の暮らしを見ているとホントにその生活での自給率の高さに驚かされます。
竹田さんの山の暮らしはやはりそうです。山でとれる物で自給しているわけです。だから山から収穫できる山菜や実は熟知しているのです。
「山ブドウをジャムにしてはどうだい?」
「そうですね。一度やってみようかな」
「まあ、種が大きいから、それだけが問題だね」
僕たちは 赤紫に染まった大根の漬物をパリパリと食べながら 山ブドウの話に花が咲きました。
「それにしても、木の上の高い所になってるからね。気をつけてね」
それで僕は“山ブドウのジャム”を作ってみる事にしました。
それ以来 山ブドウジャムは 山からのメッセージとしてぼーしやJAM工房の目玉商品の一つでした。
「戦前は山鳥もタヌキも熊も里にはいなかったなあ。」
妙高の小林さんが言いました。
「最初に里に下りてきたのは鳥だったな」
「山鳥ですか?」
「それからたぬきがやって来たよ。タヌキだって里にはいなかったものさ」
「今では都会にだっているそうですよ」
都会に住むある人の庭にタヌキが出たそうです、その人はタヌキに餌をやるのでタヌキは毎晩 縁側まで来る。 というニュースを見たばかりでした。
「とうとう熊まで里に下りてきている。びっくりしちゃうよな。」
「山もよっぽどひどい状態になったんだろう。里でトウモロコシや野菜の味を覚えたら もう山には帰らないなあ」
森林伐採が最も激しかったのは戦争中だったのだそうです。
「その後も延々とここら辺の山々の森は切り倒されて言ったなあ」
「きれいなブナ林やいろんな広葉樹もここら辺の森は 随分と杉林になっちゃったなあ」
そして伐採された後は植林によって杉の単一種の森となってしまいました。針葉樹森は鳥や動物たちから 多種多様な木々のうみ出す食べ物や住むところを無くしてしまったんです。
「山で木の実の生りの少ない年は下りてくるより、仕方があるまい」
*黒姫山、飯縄山の森林の保護を最初に言い出したのは、作家のCWニコルさんでした。
何年か続いていたブナの木の実とドングリの実の不作がさらに他の実も悪い年がありました。
「これは大変だ。動物たちはどうやって冬を越すかね?」
「リンゴでも山にまきに行くか?」
「気持ちはわかるが、一時しのぎにもならないよ」
「今年は せめて山の実でジャムを作るのは止めよう」
と言う事になりました。
僕たちはお店に行けば食べ物は買うことができます。しかし、動物たちはそう言う分けには行きません。命がけの冬がやって来るんですから。秋に食べ損ねれば、あとは悲しい運命が待っていることになります。
それ以来、山に入って実をとって作るジャムはしていません。僕は山で暮らす山の民ではないし。動物たちから分け前をもらうほど 今の山は豊かではないようですから。
また人の暮らしが営まれている所と自然の営みが自然に行われている所とは完全に分けた方がいいと、感じていることもあります。自然の営みが行われている所に人は踏み込まないで 自然の成り行きに任せる。そんな取り組みも必要ですよね。昔の言葉で言えば“山止め”です。
ただ 山ブドウもサルナシも栽培が始まりましたから、また山ブドウのジャムを作る機会ができるかも知れません。
山ブドウ
ブドウ科 ブドウ属
日本の在来種
別名エビカズラ(山ブドウの赤紫色を古来エビ色と言う)
冷涼地で自生、野生種。
日本、サハリン、韓国、に分布。
古事記の中でイザナキがイザナミに追われている場面でエビカズラが出てくる。
山ブドウの蔦は 古来からかご作りなどに利用されてきた。
北海道で1963年山ブドウをワインに使用が始まる。