信濃町のブルーベリーは、伊藤ブルーベリー農園に始まりました。
僕がその話を聞いたのは、三十数年前の事です。
すごい農家が近所に住んでいるんだと知り、すぐに伊藤さんに会いに行きました。伊藤さんは僕を快く家に招きいれてくれてブルーベリーの話を聞かせてくれました。並々ならぬブルーベリーへの情熱が伝わってきました。それが僕のブルーベリーとの出会いです。
ブルーベリーのジャムを作り始めて以来、伊藤さんには沢山のことを習いました。
「ブルーベリーはこんな実なのだ。」
「こんな植物なんだ」
「こんな味なんだ。」
「色」
「香り」
ルバーブで山本直文先生に言われたこととそのまま同じ事を、農家の伊藤さんに言われたわけです。
それにしてもブルーベリーのジャム作りは難しかったです。
直にジャム様になる実なのですが、気に入った、おいしいジャムを作れるようになるにはなかなか時間がかかりました。
ブルーベリーはツツジ科の植物で北米が原産の植物です。最近は抗酸化作用などで味以外の話題も盛んです。
日本にも同じ科でブルーベリーの仲間の自生種に.黒豆の木があります。”アサマブドウ”または”アサマベリー”の名前でずいぶん以前から軽井沢で知られ、主にジャムとして食用にされています。
日本ではいつから栽培が始まったのでしょう。
記録によると1951年に北海道農事試験場にアメリカからブルーベリーの苗が来ています。さらに1964年に岩垣教授が福島農事試験場から東京農工大にブルーベリーの苗を移しで栽培を始めています。(岩垣教授はブルーベリーの父と言われるそうです)1968年に東京.小平の農園でラビットアイ系のブルーベリーの栽培が始まっています。そして1970年には信濃町の伊藤ブルーベリー農園でハイブシュ系ブルーベリーが農業として栽培され始めました。本格的に農業としてブルベリーが栽培されたのはこの伊藤さんからでしょう。信濃町のある伊藤ブルーベリー農園が日本のブルベリー栽培に大きく貢献したことはいうまでもありません。
数年前に、”ブルーベリー大図鑑”の著者渡辺順次さんと伊藤ブルーベリーの伊藤さんの依頼でブルーベリーを単品種ごとにジャムにしてみました。この二人にブルーベリー栽培の指導をされている小池先生を含めて随分話が弾みました ブルーベリーの将来はまだまだ広がりそうです。
ブルーベリーの実を両手に乗せて見ると一つ一つのが輝いています。
まるで夏の太陽と自然の緑が結晶したかのようです。
沢山のブルーベリーの美しさに魅せられてしまった人々に知り合いました。
魅せられた一人として僕もこの一粒一粒の青い結晶を大切にしたジャム作りをし続けるようがんばります。
2012年5月1日