硬い、硬い花梨の実をなぜジャムにしてみようと思ったのか、忘れてしまいました。車でどこかの街道を走っていた時に、花梨の並木を見たのだったのかも知れません。
「車に入れておくと車の中がいい香りになるよ」
と言われてそれがきっかけだったような気もします。
それはともかく、ジャムにしようとなると、これでもかと奮闘しなければならないほど硬い実です。
「これは、腱しょう炎になるね」
「これって。軟らかくなりますかね?」
そんな事を言いながら 気に入ったものになるには長い時間がかかりました。出来上がったジャムは、それは鍋の中で不思議な何かが起こったと思うほどに最初の花梨とは違うものです。
「魔法みたいだね。」
「ほんと、不思議」
味と言い、色と言い、果物をジャムにする過程でこんな気分を味わえるんです、面白いですね。
花梨のジャムを手掛けている頃は、ちょうど稲刈りの時でした。僕は安川さんと無農薬、無化学肥料、不耕起と言う方法で田んぼを作っていました。収穫量は普通の農家の3割程度だったでしょうか。
「それじゃあ、金にもなるまい。」
「大体、時間と労力の無駄だ」
「ひま人の遊び」
などと、言われましたが
「変なことをする奴がいなければ、社会は発展しないんだよ」
と、笑い返していたものです。
その年は 僕たちにとっては豊作でした。稲が穂を垂れて金色になっています。僕たちはしまい込んであった稲刈り機を引っ張り出して、整備をするとジャム作りを休める日を待って、稲刈りをしました。
一反も無い田を一枚刈り倒したところで、二人で畔に腰かけてお茶を飲みます。秋の青い空を背景に妙高山もきれいにはっきりと見えていました。その時、変なものを見たような気がしました。
「安川さん、僕の目がおかしいのかも知れないけれど、金色の光る線が田んぼの上を無数に動いているよ。安川さんに見える?」
「ああ、見えてる」
「どんどん光の線が進んでる。」
おびただしい数の金色の光の線が、今稲を刈り倒した田んぼの上を揺らめいていました。それは、何かに例えようが無いのです。僕は、ただただ空中を輝く金色の線を見ていました。
「蜘蛛の糸だ」
「安川さん、稲に巣をかけていたたくさんの蜘蛛が、巣を壊されて 一斉に糸を風に飛ばしているんだよ」
「ああ、そうだな。」
「こんな光景は、初めて見たよ。」
農薬を使わない田にはいろいろの虫がいます。トンボのように水の中で育ち稲を這い上がって成虫になって飛び立って行く虫。みずすましのように水面にいる物、タニシのように水の中にいる貝、のように水の中と外を行ったり来たりしているもの。イナゴのように稲に来ている物たちです。それらを狙ってもちろんクモもいるんです。そしてそれぞれの虫たちが、目を見張る場面を時々見せてくれます。
僕は畑や田の仕事をしながら随分沢山の不思議な出来事に会いました。
ところで、感覚って面白い事ですね。森の中を歩いているといろいろの音が聞
こえたり、匂ったりします。熊だとか動物が匂ったり、藪の中にざわつきを聞いたりします。こんな時は慌てて音をたてますよね。
何かの花が香ったり針葉樹が香って、さわやかな感覚があったりすると思わず木を見上げて木の葉の向こうに青空を見ます。
せせらぎに野生のオランダ・クレソンを見つけたりするとさっと流れで洗って食べてみます。あの新鮮な辛さがすっきりした気分にしてくれますよね。
また、僕は木の肌を触るのが好きです。違った木は違った肌を持っていますし、春に木の幹に耳を付けると水を吸い上げている音が聞こえるって聞きます。まあ触るとかぶれたり、えらいことになる木もありますが。
そう言えば、まいまい蛾が大発生したときの事です。
「夜静かになるとマイマイ蛾の幼虫が葉を食べている音が聞こえる」
そんな話を聞きました。これは、ちょっと恐ろしい音だったかも知れませんね。
あの時に使った大量の殺虫剤による生態系の破壊は大変でした。
花梨をそんな風に観察してみます。
表面の色は黄緑色です。そして不揃いな形をしていて同じ形のものは無いかもしれません。あっちが出たりこっちか出たり不格好と言ってもいいくらいです。表面には短い毛がうぶ毛のように生えています。
触ってみるとこんなに硬い実なのに短い毛が実を覆っているので、滑らかな手触りです。硬くてごつごつしたイメージがあるのに随分ちがいます。
薄く切って食べてみると部位によって味も舌触りも違います。
花梨は香ります。鼻穴をいっぱい広げて吸い込んだ花梨の香りは安心感を与えてくれたりしますよね。こんな硬いのに香りが出てくるのが不思議です。
花梨に耳を当ててみます。まだ何も聞こえてきません。まあ、いつか花梨が物語を話し始めてくれるかもしれません。花梨はその実の中に不思議なものをたくさん詰めているようです。
僕達には五感があるのでそれを使っていろいろな方向で楽しめますね。
果物との五感での会話はジャム屋の常なんです。
花梨
バラ科 カリン属
原産は中国東部
日本にはいつ来たか良く分からないらしい。
生食 100g中
カロリー 68kcal
たんぱく質 0.4g
脂質 0.1g
炭水化物 18.3g
植物繊維 8.9g
ビタミンE 0.6㎎
ビタミンB1 0.01㎎
ビタミンB2 0.03㎎
ナイアシン 0.3㎎
ビタミンB6 0.04mg
パントテン酸 0.31㎎
ビタミンC 25㎎
ナトリウム 2㎎
カリウム 270㎎
カルシウム 12㎎
マグネシウム 12㎎
リン 17㎎
鉄 0.3㎎